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孤独な学区変更の入学式の気持ちを忘れません!!

桜の季節になると、私は絶対中学校の卒業式を思い出すのです。なぜなのかと言うとある事情から小学校は区域以外の学校に通っていました。

その事でいじめられた事もありました。

でも、友達達と楽しい学校生活を暮らしを過ごすことも出来ました。

学区変更について詳しくお話ししていきます。

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孤独な学区変更

学区変更に関してはやりたくないとは言ってもできるわけではありません。

中学からはもう私のワガママは効きませんでした。

きちんと区域内の学校に通うように言われていました。

だから、小学校の卒業式は、実際に辛かったです。

もう会えなくなる訳ではないけども、自身だけが違う中学に行くというのは、相当孤独になったような気がするのです。

本当に寂しい気持ちばかりでした。

中学校の入学式の日。

関東では、3月に桜が咲くという事はあまりありません。

入学式の行きの道をトボトボと寂しげに歩いていたことでしょう。

右を見ても、左を見ても、知らない人ばかりなのです。

学区変更なんて嫌でした・・・・・

私は何となく非常に心細くなりました。

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孤独たっぷりの入学式

教室では、各々に仲が良い人同士が集まって、楽しい話しに花を咲かせています。

でも、微かに聞こえてくる言語も、私にはさっぱり理解いただけません。

その内、ヒソヒソ声が聞こえてきました。

「誰?あの子?」

「知らない子?」

「どのクラスにいたんだろう?」

「聞いてみなよ」という多彩な声が聞こえてきました。

でも、特に仲間入りをするわけでもなくできるわけでもなくと言う感じで孤独ばかりでした。

ただ、何となく感じる視線を意識しながら、聞こえてくる声には気が付かない振りをする事だけが、私の逃げ場でした。

窓の外は、そのような私の心情を知ってか知らずか、かなり良い天気でした。

桜の季節らしい暖かな日差しと、眩しい太陽

今頃、別の学校では皆が同じように入学式を受けているんだろうな。

そう思うと、かなり寂しくなりました。

クラスでの自己紹介

クラスでの自己紹介がはじまりました。

担任だという女子の先生が入ってきました。

また、私は名前を呼ばれて、皆の前に出されました。

しかも、私が違う小学校に行っていたといういう事が手軽に簡単にそっけなく?説明されました。

ただし、私としては別に説明してくれなくても良いというものでした。

初めて見る顔ぶれの人達が、ジロジロと、例えるなら観察するかのように、私の事を見ました。

本当に苦痛で孤独しかありませんでした。

私はひとまず、先生に促されて挨拶をしました。

けれども、先生が一度教室を出てしまうと、今度は矢継ぎ早の質問タイムが始まってしまいました。

結局皆が見過ごせないのは、なぜ私が区域外の学校に行っていたという事でした。

おっしゃる通りそうです。

決められた学校があるのに、なぜわざわざ違う学校に行くのか、かなり気に掛かりますよね。

支障がなければ私も返答したかったのですが、そこには私の両親の事情も絡んでくるので、手軽にに話す訳にはいきませんでした。

はぐらかす私に、周囲の生徒達はすぐにしらけてしまったみたいなんです。

私の周囲からはすぐに人がいなくなりました。

こんな状況で3年間も過ごす事が可能なのだろうか。

私の心には心もとないしかないのですでした。

やがて、式が始まり、私は何となく自身が一人ぼっちになってしまった気がしたんです。

両隣の子達は皆共通のトピックで騒いでいて、私にはそのようなおしゃべりも、例えるなら外国語のように聞こえました。

ですが、教室に戻ると数人の少女が声をかけてくれました。

彼女達は、私に何も聞きませんでした。

例えるならそれが自然のように話しかけてくれて。

非常に嬉しかったです。

私には、桜の季節の日差しのように感じました。

あれだけ孤独だったのに、そのような事が嘘のように、私の心は相当暖かくなりました。

孤独な学区変更から何年かの月日が経ちました

孤独な学区変更での入学式からすでに卒業してからかなりの年月が流れました。

進路の異なる点や、結婚などで、その頃の友達達とはもう交流する機会も少なくなってしまいました。

ですが、桜の季節が来る度に思い出すのです。

孤独になってしまった私の心を、暖かな桜の季節のような温もりが包んでくれた日の事を。

入学式の帰り道は寂しい気持ち孤独な気持ちばかりでした。

私が教室での出来事を話すと、母親が実際に嬉しそうに笑ってくれました。

それも、私にとってはかなりハッピーな事でした。それだけが支えだったのでしょうか・・・・

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